マンションの広告で必ず見る「耐震・制震・免震」。なんとなく「免震がいちばん偉い」と 思われがちですが、実務の感覚はもう少し複雑です。一級建築士・元ゼネコンの施工管理という 立場から、3つが「何を・どこで・どう」制御しているのか、そして中古を選ぶときに どこを見ればいいのかを、忖度なしで整理します。

大前提:「耐震」は義務、「制震・免震」は"上乗せ"

まず誤解されがちな点を最初に。耐震・制震・免震は横並びの選択肢ではありません。

  • 耐震はすべての建物に義務づけられた基本性能です(建築基準法)。
  • 制震・免震は、その耐震構造の上に付加する"揺れ対策"です。

つまり免震タワーも制震タワーも、土台には必ず耐震設計があります。「免震だから耐震は してない」ということはあり得ません。3方式は対立ではなく、基本(耐震)+オプション (制震・免震)という関係で捉えるのが正確です。

日本の耐震設計は1981年の"新耐震基準"が大きな節目で、「中規模地震(震度5強程度)で ほぼ無被害、大規模地震(震度6強〜7)で倒壊・崩壊しない」ことを目標にしています。 さらに住宅性能表示では耐震等級1〜3があり、等級1が法定の最低ライン、 等級2はその1.25倍、等級3は1.5倍の強さ、という位置づけです。 ※タワーマンションは超高層で、通常の壁量計算ではなく高度な構造計算(時刻歴応答解析)+ 国土交通大臣認定を受けて建てられます。

3方式のメカニズム——「どこで」揺れをいなすか

ざっくり言うと、どの層で地震のエネルギーを処理するかが3方式の違いです。

耐震:建物そのものの"強さ・粘り"で耐える

柱・梁・壁・ブレース(筋かい)といった構造体そのものの強度(強さ)と靭性(ねばり)で 地震に耐えます。揺れのエネルギーは、構造体が変形しながら吸収します。 シンプルで確実、コストも基本コストのみ。一方で、建物は地面と一緒に揺れるため、 上層階ほど揺れが増幅されやすく、大地震では構造体自体がある程度の損傷を負う (=修復が必要になる)ことが前提の考え方です。家具の転倒や内装の被害も出やすい。

制震:ダンパーで揺れのエネルギーを"吸収"する

建物の骨組みの中にダンパー(制震装置)を仕込み、揺れのエネルギーを 熱などに変換して逃がすことで、揺れそのものを小さくします。 建物は地面とつながったまま(耐震と同じ)ですが、地震や強風のたびに ダンパーがエネルギーを消費し、構造体の負担と揺れ幅を減らします。 装置が"身代わり"で損傷を引き受けてくれるため、主要構造体を守りやすいのが利点。 超高層のゆっくりした揺れや、繰り返す余震に強いのが特徴です。

免震:装置で建物を地面から"切り離す"

建物と地盤の間(多くは基礎部分=基礎免震、または途中階=中間層免震)に 免震装置の層を設け、建物を水平方向にやわらかく支えることで、 地面の激しい揺れを建物に伝えにくくします。建物の揺れの周期をわざと長く (ゆっくりに)して、地震の激しい周期帯からずらすイメージです。 結果として建物に伝わる加速度が大きく下がり、家具の転倒や内装被害が激減、 地震後も住み続けられる可能性が高い——これが免震の最大の価値です。 一方で、建物が動く前提なので、周囲に数十cmのクリアランス(可動域)免震ピット・免震エキスパンションジョイントが必要になります。

比較表

観点耐震制震免震
どこで制御構造体そのもの建物内のダンパー基礎(or中間層)で絶縁
揺れの大きさ大きい(上層で増幅)中(低減)小さい(大幅低減)
建物へのダメージ構造体が損傷しうる装置が肩代わり最小限
家具・内装被害出やすいやや軽減大きく軽減
コスト基本のみ+数%+1割前後〜
専有部・間取り影響小影響小〜中影響小(ただし免震層が必要)
メンテナンス通常維持少なめ定期点検が必須
弱点揺れる/損傷免震ほどは減らない風揺れ・長周期・可動域確保

※コストや効果は建物規模・地盤・設計方針で幅があります。上表は一般的な傾向です。

制震の"装置いろいろ"

制震ダンパーにはいくつかタイプがあり、建物の特性に応じて使い分けます。

  • オイルダンパー(粘性系):油の抵抗で揺れの速度エネルギーを吸収。

超高層のゆっくりした大きな揺れに効きやすい。

  • 鋼材ダンパー(履歴系):低降伏点鋼などが変形(降伏)することでエネルギーを吸収。

地震後に交換できる"ヒューズ"の発想。

  • 粘弾性ダンパー:ゴム状材料のせん断でエネルギーを吸収。
  • 同調質量ダンパー(TMD):最上部などに"おもり"を置き、建物と逆位相で

揺らして揺れを打ち消す。主に風揺れ・居住性対策。

配置も間柱型・ブレース型・壁型などがあり、間取りへの影響を抑えつつ効かせる 工夫がされています。

ゼネコン各社は独自の制震技術も持っています。たとえば大林組の「デュアルフレーム システム」は、剛強なコアを油圧ダンパーで連結し、柱・梁が負担する地震エネルギーを 一般的な制震の約1/3に低減する方式で、ブランズタワー梅田Northなどで採用されて います。鹿島の「D3SKY」など既存超高層向けのTMDでは、揺れ幅を約半分に抑えた例も あります。「制震」とひと口に言っても、中身はメーカー・ゼネコンごとにかなり違います。

免震の"仕組み"

免震層は「やわらかく支える装置」+「揺れを止めるダンパー」の組み合わせが基本です。

  • 積層ゴムアイソレータ:薄いゴムと鋼板を交互に重ねた支承。天然ゴム系のほか、

鉛プラグ入り積層ゴム(LRB)は中心の鉛が変形して減衰(揺れ止め)も兼ねる。 高減衰ゴム(HDR)もある。

  • すべり支承・転がり支承:低摩擦で水平移動を許し、建物を軽く支える。
  • ダンパー(オイル・鋼材・鉛):免震層の動きすぎを抑える。

これらが基礎の免震ピットに並び、地震時には建物全体がゆっくりと十数〜数十cm 移動して揺れをいなします。だからこそ可動域の確保と、配管・エントランスなどの 免震エキスパンションジョイントの設計が肝になります。

タワーマンションと「長周期地震動」——なぜ超高層で制震/免震か

ここが技術者として一番伝えたいポイントです。

背の高い建物は固有周期が長い(ゆっくり揺れる)。一方、南海トラフのような 巨大地震は、遠くでも"長周期地震動"という周期の長い波を生み、これが超高層の 固有周期と共振すると、震源から離れていても上層階が大きく・長く揺れ続けます。 2011年の東北地方太平洋沖地震では、震源から約770kmも離れた大阪の咲洲庁舎 (高さ256m)が、地上の震度は3だったにもかかわらず最上部では震度6相当・ 往復約2.7m、約10分間も揺れ続け、エレベーター32基中26基が停止、天井や内装など 約360箇所が損傷しました。「遠くの地震・弱い地表の揺れでも、超高層の上層は激しく 長く揺れる」——長周期地震動の怖さを象徴する事例です。

これを受けて国土交通省は2016年6月、南海トラフ沿いの巨大地震(M8〜9)による 長周期地震動への対策を取りまとめました(技術的助言・国住指第1111号)。 高さ60m超の建築物、および地上4階建て以上の免震建築物を対象に、 2017年4月以降に申請する新築(大臣認定)では、設計用長周期地震動を用いた 安全性検証や家具転倒対策の説明を事実上必須としています(対象は関東・静岡・中京・ 大阪の4地域)。一方で、既存の超高層は遡及的な補強を義務づけられてはおらず、 自主的な検証・必要に応じた対策が"望ましい"という推奨の位置づけです。 ——つまり、築年によって長周期地震動の織り込み方に差がある、というのが実務の実情です。

なお気象庁は2019年から「長周期地震動階級」(1〜4)の本運用を始め、 2023年には階級3以上を緊急地震速報の対象に加えました。高層階の"揺れやすさ"が、 地表の震度とは別の指標として公式に扱われるようになっています。

この長周期のゆっくりした大きな揺れを抑えるのに、制震ダンパー(特にオイル系)は 非常に相性が良い。だから大阪のタワマンでも制震採用が多いわけです。 免震も加速度低減に強力ですが、免震は建物の周期をさらに長くする方向のため、 超高層では長周期地震動との兼ね合いを慎重に設計する必要があり、 中低層〜中高層で採用されやすい傾向があります(超高層では中間層免震や制震との 併用という解も)。「タワマン=全部免震」ではなく、むしろ制震が主流というのが実感です。

メリット・デメリットの本音

  • 揺れ・住戸内被害:免震>制震>耐震、の順で被害は小さくなる傾向。

地震後も普通に暮らせる可能性が高いのは免震の強み。

  • コスト:免震は装置・免震層・維持管理を含めると割高。制震は比較的手頃に

効果を上乗せできる。ここは分譲価格・管理費・修繕積立にも効いてきます。

  • メンテナンス:免震は定期点検が必須(通常点検は年1回程度、計測を伴う定期点検は

概ね竣工後5年・10年、以降10年ごとが目安)。積層ゴムの設計耐用年数は60〜80年と されますが、免震ピットは湿気がこもりやすく、装置の状態やクリアランス確保、 エキスパンションジョイントの点検が長期修繕計画に組み込まれているかは、 中古選びの重要チェックです。

  • 風揺れ:免震はやわらかい分、強風で揺れを感じやすい場合があり、

風対策(ダンパーやロック機構)の有無が居住性に影響します。

装置の"データ偽装"問題——中古で気にすべき?

制震・免震を語るうえで避けられないのが、過去の性能データ偽装です。 2015年に東洋ゴム工業の免震ゴム、2018年にはKYB(カヤバ)や川金免震・制振オイルダンパーで、大臣認定の基準に合うようデータを改ざんしていたことが 発覚しました。KYBの件だけで全国約990物件・ダンパー約1万本という規模です。 対象建物は公表・交換対応が進められましたが、中古で免震・制震のマンションを検討するなら、 装置メーカーと"当該不正の対象だったか・交換済みか"を管理組合の記録等で確認して おくと安心です。装置の思想が正しくても、"正しく造られ、正しく維持されているか"が 結局は肝——というのが実務の教訓です。

中古を選ぶときに見るポイント

  1. 構造方式の確認:パンフレット・重要事項説明書・長期修繕計画で

「耐震/制震/免震」と装置の種類をチェック。営業トークではなく書面で。

  1. 免震なら維持管理の履歴:定期点検の記録、装置の状態、クリアランス確保。

ここが疎かな免震物件は要注意です。

  1. 新耐震かどうか:タワマンはまず新耐震ですが、築古の中低層では要確認。
  2. "方式の優劣"で短絡しない:立地の地盤・建物の高さ・設計方針で最適解は変わります。

免震が常に正解ではないし、制震が劣るわけでもありません。

よくある誤解

  • 「免震=無敵」ではない。 主に水平の揺れに効き、直下型の上下動には効きにくい。

長周期や可動域不足の条件では効果が限定されることもあります。

  • 制震と免震の混同。 制震は"建物の中"で吸収、免震は"基礎で切り離す"。別物です。
  • 「耐震等級3だから免震より安全」ではない。 評価軸が違います(等級=強さ、

免震=揺れの伝達を減らす)。単純比較はできません。

  • 「免震だから家具固定は不要」ではない。 被害は減りますが、固定は依然として有効です。

まとめ

耐震は土台の義務、制震・免震はその上の揺れ対策。どれが偉いかではなく、 その建物にとって何が最適に設計されているかが本質です。特に大阪の超高層では、 長周期地震動への相性から制震が主流で、免震には維持管理という宿題がついてきます。 広告の「免震」「制震」の二文字の裏側まで読めると、物件選びの解像度が一段上がります。

構造方式を踏まえた個別マンションの評価や、購入・売却の相談は 購入・売却相談へどうぞ。

(主な参考:国土交通省、気象庁、内閣府防災、日本免震構造協会(JSSI)、 各ゼネコン・メーカーの技術資料)