AIに描かせた「よく見るマンション」

この画像はAIに描かせた架空のマンションです。長谷工っぽいでしょう?

14階か15階建て。横に長い板状。バルコニーが全部の階で水平にまっすぐ続いていて、凹凸がない。 短辺の壁だけ濃い色で、そこに小さな窓が縦に並んでいる。手前には広い平面駐車場。

こういうマンション、街でよく見ませんか。

あれは長谷工が建てていることが多いです。そして見分けがつくのは偶然ではありません。 あの外観は、半世紀かけて磨かれた一つの答案です。どこが答案なのかを順に読み解いていくと、 最後には「長谷工の物件は安い」という通説がひっくり返るところまで行きます。

まず一番はっきりした謎から。なぜ15階建てばかりなのか

当サイトが把握している長谷工施工の板状マンション24棟のうち、20棟が15階建てです。 14階でも16階でもなく、15階に集中している。

階数を押し上げているのは容積率です。土地代を回収するには、容積率いっぱいまで 延床を積む必要があります。ところが板状は南向きの配棟と日影の制約で建物の足元を 広げられないので、必要な延床を確保するには上に重ねるしかない。 長谷工が選ぶような容積率200〜300%の大きな敷地では、この計算が自然と2桁の階数まで届きます。

では、なぜ15で止まるのか。板状の商品設計は、首都圏の住居系市街地で定番の、 高度地区による絶対高さ45mの制限に合わせて磨かれてきました。 階高を2.97mまで詰めると 2.97m×15階=44.5m。45mの枠に収まる最大の階数が15階で、 16階にした瞬間に枠を出ます。

実は大阪市には、高度地区も絶対高さの制限もありません。あるのは日影規制と斜線だけです。 それでも大阪の板状が15階に集中しているのは、45mの枠の中で磨かれたこの寸法が、 そのまま業界の標準商品になっているからだと私は見ています。 容積率が押し上げ、45mで磨かれた標準が形を決める。ぶつかった点が15階です。

この「45mに15階を詰める」という選択には代償があります。階高が3mを切るので、 天井高を確保するには床の構成を薄くする必要がある。あとで出てくる直床という仕様は、 実はこの階数の選択と地続きです。

なお高さ60mを超えると時刻歴応答解析と国土交通大臣の認定が必要な超高層の扱いになりますが、 板状はそのはるか手前で止まっているので、これは板状がタワーに踏み込まない外側の壁にすぎません。

同じ制約に、同じ答えを出し続ける。この記事で何度も出てくる型が、ここに最初に現れます。

長谷工っぽい見た目には、全部理由がある

15階以外の特徴にも、一つずつ対応する方針があります。種明かしになるのが、 2009年に長谷工が出したBe-Livという商品企画です。 「基本性能を保ったまま建築コストを最大20%削減する」というもので、削る項目が公表されています。

  • 構造躯体をシンプルにする
  • 手摺・外部階段・化粧柱など、主要構造部以外を軽量化する
  • 出窓や部屋の出っ張りをなくし、施工しやすい間取りにする
  • 駐車場は平面駐車で最大限設置する
  • ガス給湯器をリース方式にする

冒頭の外観と並べてみます。

見た目の特徴対応する方針
バルコニーが全層まっすぐ、凹凸がない出窓・出っ張りをなくす
短辺だけ濃色、長辺は白系面積の小さい妻側にだけ濃色を使う
短辺に小窓が縦一列妻面は連層の耐震壁。住戸の窓は小さくしか開けられない
建物と同じくらい広い平面駐車場平面駐車で最大設置
手摺や外構があっさりしている主要構造部以外を軽量化

そして削って浮いた分は、価格を下げるのではなく面積に回します。 Be-Livの標準タイプは3LDK・80㎡前後。同じ価格帯の従来仕様より広い、が売り文句でした。

華美をやめて、広さを取る。あの外観は、この一文を建物の形にしたものです。

マンションしか建てない、日本で唯一のゼネコン

では、なぜ長谷工だけがここまで割り切れるのか。会社の形が特殊だからです。

長谷工コーポレーションの売上は1兆2,731億円で、ゼネコン全体の6位。 上にいるのは鹿島、大成、大林、清水、竹中の5社だけです。 ただしこの5社がダムも高速道路も超高層オフィスも建てるのに対して、 長谷工は民間の分譲マンションしか建てません。年間およそ1万戸、それだけです。

受注の取り方も逆向きです。普通のゼネコンはデベロッパーが事業を決めたあとの入札に呼ばれますが、 長谷工は自分で土地情報を集め、事業計画とセットでデベロッパーに持ち込みます。 特命受注方式と呼ばれるやり方で、標準プランがあるから、土地を見た時点で 「何戸入って、いくらで建って、収支はこうなる」を短期間で出せる。その速さで仕事を取ります。

この商売の形は、利益率にはっきり出ています。2010年代後半の長谷工は営業利益率10%前後—— 大手ゼネコンが5%前後だった時代に、ほぼ倍の水準を何年も続けていました。 資材高の転嫁で各社が採算を立て直した直近の決算でも7.8%と最上位圏にあり、 建設事業の粗利にあたる完成工事総利益率は14%台と、頭ひとつ抜けています。 入札に呼ばれる側ではなく案件を持ち込む側に回り、標準化でコストが読める。 安く建てる会社は、儲からない会社ではありません。むしろ逆です。

この体制の出発点が1973年に開発を始めたCONBUS(コンバス)という標準設計システムです。 考え方は単純で、見えないところまで全部、寸法を揃える。

私は元ゼネコンの施工管理です。現場の立場で言うと、寸法が揃っていることの意味は絶大です。 毎回違う建物では、職人が図面を読み直す時間と、型枠を作り直す費用が毎回発生します。 寸法が揃った現場は型枠が転用でき、材料が先に発注でき、迷いなく手が動く。工程表の進み方が違います。 ただし、見えない部分まで規格化するのはそれ自体が大きな投資で、 毎回違う用途の建物を建てる会社では回収できません。 年1万戸を半世紀続ける前提があって、初めて割に合う。だから他社は真似をしないのではなく、できません。

結果が規模に出ています。

段階規模
施工新築分譲マンションの首都圏30.2%・近畿圏22.2%
販売受託首都圏の新規供給の約5戸に1戸
管理グループ3社で42万戸超

累計の施工実績は717,666戸。国内の分譲マンションストックのおよそ1割が長谷工施工です。 しかも自社で企画し、建て、管理して不具合の情報が戻ってくるので、改良の輪が閉じています。 見覚えがあるのは当たり前で、実際にそれだけの数が、同じやり方で建っています。

中身も同じ論理でできている

外だけではありません。間取りの代表が田の字プランです。

田の字プランの模式図(中住戸・3LDK)

住戸の中央に十字が通っていて「田」の字に見えることからこう呼ばれます。 縦棒が玄関から住戸の中ほどまで伸びる廊下で、突き当たりがLDK。 横棒が北側の部屋と南側の部屋を分ける間仕切りです。

合理は中央への集約にあります。浴室と洗面は洋室1と洋室2の間、トイレは洋室3とLDKの間—— 水回りが廊下の両脇にまとまります。窓の要らない水回りを住戸の中央に置くことで、 窓の取れる外周を全部居室に使える。配管も1か所に寄るので上下階で位置が揃い、 竪管を通す場所が決まって施工が速い。 外形も長方形のままなので、型枠が各階でそのまま使えます。外観と完全に同じ発想です。

弱点は北側の2室です。共用廊下に面するため窓は小さく、外を人が歩くのでカーテンを開けにくい。 採光も通風も南側の部屋には及びません。田の字が住みにくいと言われるとき、 たいていはこの2室の話をしています。

直床と二重壁は、手抜きなのか

長谷工の仕様として必ず挙がるのが直床二重壁です。 ネットでは手抜きの代名詞のように書かれますが、一級建築士の立場から言うと、誤解が半分混ざっています。

直床について。床の重量衝撃音(子どもが飛び跳ねる音など)の遮音性能は、 基本的にコンクリートスラブの厚さで決まります。二重床にすれば改善する、 という単純な関係ではありません。長谷工は直床のスラブ厚200mm以上を基準としており、 二重床の物件と比べて薄いわけではない水準です。

直床の本当の弱点は遮音ではなく、配管の自由度です。 水回りの位置を大きく動かすリフォームがしにくい。

戸境の乾式二重壁は、数値上の遮音等級はコンクリート壁に匹敵しますが、 叩いたときの衝撃には弱く、コンコンと響きます。低音が抜けやすい太鼓現象もあり、 ここは仕様と施工品質しだいです。

まとめると、遮音を根拠に長谷工仕様を叩くのは的が外れています。 実際に差が出るのは、将来水回りを動かせるか、壁に重いものを付けられるか—— 可変性の部分です。長く住んで大きく手を入れる予定があるなら、そこを事前に確認すべきです。

大阪の数字にも、そのまま出ている

当サイトが監視している大阪市内の棟で、施工会社が分かるものを数えると、 長谷工は35棟。竹中工務店と並んで最多です。ただし中身がまるで違います。

施工会社棟数階数(中央値)坪単価(中央値)タワー比率
長谷工3520階393万円51%
竹中工務店3534階493万円94%
大林組2338階524万円100%
鴻池組1829階512万円89%
鹿島建設1533階414万円93%

他社はタワー比率が90%前後のなか、長谷工だけ半分が板状。階数の中央値も10階以上低い。 一方で住戸面積の中央値は72㎡で、各社の67〜78㎡の帯に収まります。 広さは同じ、違うのは高さと坪単価。ここまで読んできたとおりの数字です。

「長谷工のマンションは安い」は本当か

世の中のイメージを先に共有しておきます。ネットの掲示板や口コミで、長谷工はしばしば 安さの代名詞として語られます。直床、二重壁、田の字。「長谷工仕様」という言葉は、 たいてい褒め言葉として使われていません。実際、中古サイトを眺めても長谷工施工の物件は 安く見えます。安く建てる会社だから、資産価値も低い——そう繋げたくなる気持ちは分かります。

そこで、数字で確かめました。大阪市内の263棟について、坪単価を 立地(区)・築年・階数・総戸数で調整したうえで、施工会社の効果を取り出しました。 もし長谷工だから安く評価されているなら、ここでマイナスが出るはずです。

結果は長谷工がプラス5.2%、スーパーゼネコン5社をまとめてもプラス3.3%。 どちらも統計的に意味のある差ではありませんでした。 立地と築年と規模を揃えてしまうと、誰が建てたかは市場評価をほとんど動かしていません。 中古の値札を決めているのは場所と広さと築年で、施工会社の名前はそこに乗っていない。 スーパーゼネコンのブランドも上乗せにならず、長谷工であることも減点になっていない。 少なくとも大阪の中古市場では、これが数字の答えです。

では、長谷工の物件が安く見えるのはなぜか。 安くなる場所と規模の物件——郊外の、板状の、大規模——を数多く担っているからです。 坪単価の高いタワーを建てる他社と、担当している領域がそもそも違う。

そしてこの領域は、他社では成立しません。競争入札で仕事を取り、毎回違う建物を 一から設計するゼネコンが同じ土地で同じ事業をやれば、建築費が価格に乗り切らない。 半世紀の標準化が可能にしたのは「同じ物件を安く売る」ことではなく、 他社では採算の合わない土地で、マンション事業を成立させることでした。 安いという評判の正体は、誰も参入できなかった領域を一社で担ってきた結果です。

長谷工のマンションは、超合理的な選択肢

冒頭の問いに戻ります。なぜ見ただけで分かるのか。 同じ会社が、同じ制約に、同じ答えを出し続けたからです。 出窓をやめ、躯体を単純にし、駐車場を平面にし、水回りを中央にまとめ、高さを法規の線の内側に収める。

住むための道具として見れば、この答えはよくできています。 間取りは整理されていて、柱や梁の出っ張りが室内に出にくく、家具が置きやすい。 半世紀同じものを作り続けてきたぶん、現場は枯れていて、施工品質は安定しています。 同じ価格で広い住戸が手に入る。住みやすさの面では、いいことばかりです。

一方で、面白くはありません。どこにでもある形で、どこにでもある間取り。 語りたくなる建物ではなく、所有欲は満たされにくい。これも事実です。

つまり長谷工のマンションは、住むための道具としては減点が見当たらず、 自慢したい人には向かない建物です。価格に施工会社の減点は乗っていないのだから、 立地と広さが条件に合うなら、長谷工施工を理由に外す必要はありません。


物件ごとの仕様の確認や、購入・売却の相談は購入・売却相談へどうぞ。 現地での確認が必要な場合は内覧同行も承っています。

(主な参考:長谷工コーポレーションの公表資料(統合報告書、施工実績、プレスリリース、沿革)、 不動産経済研究所の新築分譲マンション市場動向、建築基準法および同施行令(超高層建築物の構造計算、非常用昇降機)、 JIS A 1419-1(遮音等級)。棟別の集計は当サイトが取得した掲載情報にもとづきます。 寸法・帖数は代表的な目安で、物件により異なります)