前回・前々回の記事で、大阪の価格構造について2つのことを書きました。

大阪には価格の「床」がない。だからエリアではなく物件——「点」で価値が決まる。 そして大阪では、全体が沈むなかで一握りの物件だけが上がっている。

読んでいただいた方から「では、その一握りを買っているのは誰なのか」という反応をいくつかいただきました。今回はそこを掘ります。富裕層はどこに住んでいるのか。

結論から書きます。東京の所得には地形があり、大阪の地形は「広域では平らで、市内だけが急峻」です。そしてこの構造が、大阪のマンション市場の性格をほぼ説明してしまいます。

東京は「都心に近いほど豊か」が成立する

まず東京です。1人あたりの課税対象所得(住民税のデータ。居住地ベースなので「そこに住む人がいくら稼いでいるか」を表します。2024年中の所得)を見ます。

東京都内1人あたり課税対象所得全国順位
港区1,810万円1位
渋谷区1,394万円2位
千代田区1,291万円3位
中央区882万円4位
文京区780万円5位
目黒区769万円6位

全国の1位から6位までを東京の都心区が独占しています(唯一の例外が7位の兵庫県芦屋市)。

東京では「都心に近いほど豊か」という関係が、そのまま数字に出ます。

大阪府は、驚くほど平らである

同じデータを大阪府で見ると、風景が一変します。

大阪府内1人あたり課税対象所得全国順位地域
1位 箕面市490.4万円33位北摂
2位 吹田市478.4万円39位北摂
3位 豊中市476.4万円40位北摂
4位 池田市420.5万円86位北摂
5位 茨木市413.4万円97位北摂
7位 大阪市398.0万円134位都心

大阪府で最も所得が高いのは、大阪市ではありません。上位5つがすべて北摂(箕面・吹田・豊中・池田・茨木)で、大阪市は府内7位です。

高所得者の「比率」で見ても同じです。課税標準1,000万円を超える納税者の割合は、箕面市4.48%・豊中市4.10%・吹田市3.83%に対し、大阪市は2.42%。2,000万円超では1%を超えるのは箕面・豊中・吹田の3市だけで、大阪市は0.67%です。

「都心に住むほど豊か」という関係が、市町村の単位では成立していません。

そして、もっと象徴的な数字があります。

1人あたり課税対象所得
大阪府全体388.0万円
全国平均387.5万円

大阪府全体の所得水準は、全国平均とほぼ完全に一致します(1.001倍)。大阪市に絞っても398.0万円で、全国平均を2.7%上回るだけ。政令市20市では9位で、横浜・川崎・名古屋・さいたま・千葉・京都・神戸・福岡のすべてより下です。

さらに、1人あたり課税対象所得が500万円を超える自治体は大阪府に一つもありません。最も豊かな箕面市(490.4万円)でも届かない。対して東京都では港区・渋谷区・千代田区・中央区・文京区・目黒区・新宿区・世田谷区・武蔵野市・品川区・杉並区などが軒並み500万円を超えています。

大阪には「特別に豊かな街」が一つもない——これが所得データから見える姿です。

ただし、大阪市の「中」は急峻である

ここで重要な留保があります。市町村単位では平らでも、大阪市の内部を見ると事情が違います。

大阪市の区別の課税所得データは公的統計に存在しません(大阪市の24区は課税主体ではないため市で一括される。東京23区は独立した課税主体なので個別に出る)。そこで大阪市自身の税務統計から、1人あたりの個人市民税額で見ます。

大阪市24区1人あたり個人市民税市平均=100
天王寺区264,365円157
北区244,616円145
中央区242,725円144
阿倍野区218,432円129
西区203,469円120
福島区202,796円120
(市平均)168,876円100
西成区115,566円68

市内で2.3倍の差があります。そして上位6区は、府内トップの箕面市を上回る水準です(納税義務者ベースで箕面市が約17.2万円に対し、天王寺区26.4万円)。

つまり大阪の所得の地形はこうなっています。

市の境を跨いで見ると平ら。しかし大阪市の中では急峻で、都心6区は北摂の高級住宅地を超える。

これは前回の記事の結論と、きれいに符合します。所得の勾配は広い「面」では消え、細かいスケールでだけ現れる。だから広域のエリア選択では価格が決まらないのです。

区どうしで比べると、差は3倍

区の単位で東京と比べます。ここは年収1,000万円以上の世帯比率を使います。

東京23区大阪市24区
千代田区36.31%天王寺区13.55%
港区34.48%中央区10.53%
中央区32.72%阿倍野区10.35%
文京区23.95%北区10.29%
目黒区20.91%福島区7.88%
渋谷区20.10%西区7.86%
  • 港区34.48% vs 大阪市北区10.29% = 3.35倍
  • 各市のトップ同士:千代田区36.31% vs 天王寺区13.55% = 2.68倍

そして都府県単位では、大阪府の高所得世帯比率は6.13%で全国22位全国平均7.71%を下回ります(東京都は13.43%で1位)。

決定的なのは、給与ではなく資産所得

ここまで所得の話をしてきましたが、都心の高額物件を動かしているのは給与ではありません。資産所得です。

課税対象所得の内訳から、株式等の譲渡所得・配当所得を取り出して比べます。

株式等所得の全国シェア納税者シェア評価
東京都42.4%12.8%3.3倍の過剰集中
大阪府5.4%6.7%過少

東京都は全国の株式等所得の42%を集めています。納税者シェア(12.8%)の3.3倍です。一方大阪府は5.4%で、納税者シェア6.7%を下回っています。

つまり大阪には、給与を超えた資金で不動産を買う層が薄い。これが「大阪の価格は年収で買える範囲に収まる=天井が低い」ことの正体です。

そしてもう一つ。関西の金融富裕層は、大阪府にいません。

兵庫県芦屋市は1人あたり課税対象所得761万円で全国7位。大阪府のどの市よりも高く、府内トップの箕面市(490.4万円)の1.55倍です。株式等の所得で見ると差はさらに開き、芦屋市は大阪府内の最上位を一桁上回る水準にあります。

関西で最も豊かな街は、大阪府外にあります。

そして、全国トップ30に入る関西の自治体は、この芦屋市だけです(大阪府はゼロ)。芦屋の次に来る西宮市・箕面市・吹田市・豊中市・生駒市(奈良)・宝塚市は、いずれも全国30〜50位あたりの狭い帯に、府県を越えて団子になっています。

関西は頂点が1つだけで、あとは横並び。東京が港区・渋谷区・千代田区と頂点そのものが層をなしているのとは、ここも対照的です。

そして、六麓荘町にマンションは建てられない

ここが今回いちばん面白い発見でした。

富裕層がどこに住むかだけでなく、どういう住まいに住むかが東京と関西で逆になっています。

最上級住宅地一戸建て世帯率共同住宅率
芦屋市 六麓荘町96.7%0.0%
箕面市 桜ヶ丘83.1%13.0%
港区 麻布(南麻布)11.0%88.2%
港区 白金13.7%86.0%
港区 高輪10.5%89.1%
渋谷区 松濤19.6%79.8%

関西の最上級住宅地である六麓荘町は、共同住宅がゼロです。しかもこれは偶然ではありません。地区計画と市条例によって、建てられる建築物が「一戸建ての住宅」に限定されているのです(最低敷地面積400㎡、高さ10m以下)。制度としてマンションが建てられません。

対して東京の最上級住宅地である麻布・白金・高輪は、共同住宅が9割近くを占めるマンション街です。港区は用途地域に最低敷地面積を定めておらず、戸建てを守る制度的な枠組みも弱い。

ここから、こういう構図が見えます。

東京では、最上級の住所に住みたい富裕層の資金が、そのままマンション市場に流れ込む。麻布や白金の最上級物件はマンションだから。 関西では、最上級の住所にマンションという選択肢が存在しない。だから最上位の富裕層は、そもそもマンション市場に来ない。

ちなみに、制度でマンションを排除している住宅地は全国でも六麓荘町・田園調布・甲陽園目神山・苦楽園五番町の4例だけで、そのうち3つが関西です。関西の最上級住宅地は、意識的にマンションを拒んできた土地なのです。

だから「一握りだけが高い」

ここまでの数字を、大阪のマンション市場の話に戻します。

大阪の都心マンションを買う層は、二重に薄い

① 所得の層が薄い 大阪府全体の1人あたり所得は全国平均とほぼ同じ(388.0万円)、大阪市でも398.0万円。株式等所得の全国シェアは納税者シェアを下回る。500万円超の自治体は府内にゼロ。都心プレミアムを支える厚みが、そもそもない。

② 最上位層は別の市場にいる 関西で最も豊かな芦屋市は大阪府外。しかもその最上級エリアはマンションが建てられない戸建て専用地。最上位の資金はマンション市場に入ってこない。

需要が薄いところに、前回書いたとおり人口比で首都圏の1.4倍の新築供給が積まれ続けている。この条件で価格が全体として上がるはずがありません。

それでも上がる物件はあります。薄い富裕層と、府外・全国・海外からの資金が、ごく少数の物件に集中するからです。うめきた、中之島、心斎橋——代替不可能な立地の、代替不可能な棟。そこにだけ資金が向かい、坪1,000万円を超えていく。

裾野が薄いほど、頂点は尖ります。大阪の価格分布が「下に大量、上にごく少数」という形をしているのは、この需要構造の写し絵です。

やはり、面ではなく点

最後に、前回までの結論とつなぎます。

なぜ大阪では住所が価格の床を作らないのか。所得の地形が、広い単位では平らだからです。

東京では、住所を聞けばそこに住む人の所得水準がだいたい分かります。港区に住む人と足立区に住む人では、所得の分布が構造的に違う。だから「住所」がその場所の需要の強さを表す代理指標になり、住所そのものに値段がつく。凡庸な物件でも、住所が価格を持ち上げてくれます。

大阪はそうなりません。府全体の所得は全国平均と一致し、府内トップは都心ではなく箕面市。市の単位で見比べても差が出ない市場です。

もちろん大阪市の中を見れば天王寺区と西成区で2.3倍の差があります。しかしそれは「区」というかなり細かい単位まで降りて初めて現れる勾配で、しかも同じ区の中で坪単価が2.7〜5.3倍に開くことは前回の記事で見たとおりです。区の平均が高いことは、その区の物件が守られることを意味しません。

つまり大阪では、どのスケールを取っても「住所が価格の床になる」水準に届かない。広域では平らすぎて差がつかず、細かくすれば今度は物件ごとのばらつきが勾配を飲み込んでしまう。

床がないなら、差を作れるのは物件そのものしかありません。

面ではなく点。大阪でマンションを買うとき——とりわけ資産として持とうとするとき——この原則から逃げられない理由は、突き詰めればここにあります。エリアのブランドを買うという発想が、大阪では機能しないのです。


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